2005年12月04日
新聞代の意味
おはようございます。今朝はとんでもなく寒いですな。昨日、高野まで夕飯の買い物に行ったときも寒すぎて自転車のハンドルを握る指が痛いくらいでしたが、これからどんどん寒さは厳しくなって行くんだろうなぁ。僕は寒さが非常に苦手でテニス部でも「気温が10度以下の日はあまりテニスしたくない」と公言しているので…よくない部員です、ハイ。
それにしてもこの時間に朝刊がすでに届いているのは珍しい。いつもこのくらいの時間にはまだ届いていないことが多くて、「めざましテレビ」を見ながら、コーヒーを飲みながら、ご飯を炊きながら、その日の準備をしたりヤフオクでその日に発送するものを梱包したり(←僕は週の半分以上ヤフオクやってるヤフオク大好き人間なので)…要するに朝の時間はいろいろな雑用をしているのですが、その時間を朝刊読む時間に充てられると効率がよさそう。いつも現状では、夕方返ってきてから朝刊と夕刊をまとめて読んでいることが多いので新聞代がちょっと勿体ない。忙しい日だと結局読まずに終わることもしばしばある。
それなら新聞代が勿体ないから新聞取るのを止めたら?という意見もあると思いますが、新聞は多少忙しくても家計が苦しくてもとり続けたほうがいいんじゃないかと思います。それはもちろん自分が社会の動きから疎くなってはいけないという理由もありますが、僕が新聞を取り続けている理由には新聞を購読することでその新聞社のスタンスに支持を示すことができるからというものが大きいですね。
イラク問題・憲法問題・アジア外交の問題にしても教育・医療などの問題にしても、新聞社が異なればその報じかたは大きく異なってきます。それぞれの新聞社はそれぞれ哲学と信条を持っていて、それに基づいて事象を分析して報じています。もちろん普通の事件を報じる社会面やスポーツ欄のようにその新聞社の意見が現れにくい部分もありますが、逆に社説や特別寄稿の論壇などはそのスタンスがよく現れてくるところです。
いろんな考え方はあると思いますが、僕の場合は自分の意見を代弁してくれる、あるいはある程度近いスタンスを持った主張を持っている新聞社の新聞を購読することで、その新聞社の主張を支持しているという態度を表明することになっているんじゃないかと。だから読めない日があったりお金が勿体なかったりしても、この月額3,925円には支払う価値があると考えているのです。
たった一人購読者が増えても減ってもべつに新聞社の経営が良くなったり悪くなったりするわけではないので、あくまで僕の中でどう思うかというだけの問題なんですけどね。そういう意味では僕の新聞代は、誰かにとってのユニセフやWWFへ毎月3,925円募金するという行為と同じような意味の支出ということになるのかもしれません。
2005/12/04(日曜日) 5:49