2005年08月05日
一つの区切り
結局、西医体でK大医学部テニス部は二日めに敗退が確定してしまった。いまは京都に帰ってきてこれを書いている。
兵庫県日高町の神鍋高原。スカッと晴れていて太陽がジリジリ照りつけていた。敗退が確定したのは同じ学年のKとOが団体のシングルスに入っていたとき。ちょうど真昼頃だ。
なんだかまだ一日しか経っていないことだけどもう一週間くらい前のことのような気がしなくもない。終わってしまってから、すっかり力が抜けて、何かから解放されたような気分とすっきりした気分と、とにかくいままでの大会とは少し違う感慨がある。5回生の西医体というのは他の大会とは全く意味が違うということが、西医体が終わった今になってわかる気がする。
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その後はぼんやりとコーラを飲みながらK大を倒した島根大の3回戦を見ていたが、その島根も西医体4強に入る実績を持っている九大にダブルス3本とシングル2本をあっという間に取られて4時間後には敗退が決まってしまったようだ。高校までと違い試合は全て3セットマッチなので、コート3面進行でも4時間で一つの大学が負けるというのはとんでもなく早い。近畿では全学体育会運動部と医学部運動部は独立した存在だが、近畿以外のブロックでは重複しているところがほとんどで、つまり医学生大会でもレギュラークラス(各大学上位6人)にはインカレ選手や高校時代の県何位というレベルがごろごろいる。九大も名大もそういうところで、島根を瞬殺した九大のレギュラーは体育会でもレギュラーとして対外試合に出るメンツだそうだ。
宿にもどって荷物をまとめ、電車やクルマで帰る後輩部隊を見送ってから、一人でテニスコートを回ってみた。三重大、阪大、府立医なんかのK大と親しくしてくれている大学の試合が続いている。三重大のIやWのところに行って少し一緒に応援したり、風呂で関西医大や神戸大の人にあったり、大会はこういう雰囲気がいいと思う。レギュラーとして前線で戦っていなくても他の大学にこれだけ友人ができる。これがテニスをやっていてよかったと思うところだ。
17時頃に神鍋ローンテニスコートに戻ってみると、K大の同学年の部員らも集まって試合を見ていた。大阪医大のNo.1のF君が名大No.1の選手とガチンコで当たっていた。名大は昨年西日本3位でその前年まで西医体連覇していた強豪校。相手が悪かったのか、関西では相当名の通った実力者のはずのFがほとんどポイントも取れずに蹴散らかされているのは衝撃的だった。短パン・カリアゲ・メガネ・猫背おまけに赤ハチマキという、とても運動ができそうには見えないいでたちの選手が見せるとんでもない速さのフットワークと鋭い逆クロスのストロークにはただただ驚くばかり。Fのうねる逆クロス強打に余裕のタイミングで回り込んでストレートに切り返したり、高い打点からシュート回転の逆クロスでエースを奪ったり、Fが何もさせてもらえない。
となりのコートでは名大No.3が大阪医大S君に何もさせない一方的な試合を展開している。また道を挟んで府立医No.1のIと鳥取大S兄弟の弟との激しいラリーが繰り広げられていた。鳥取はS兄弟のずば抜けた力で勝ち上がってきた大学だが、府立医のIも関西屈指のストローカー。続きが気になるが日没となり途中で翌日に持ち越し。
夕方にもなると競った試合ばかりが残って神鍋高原のボルテージも上がってくる。テニスコートに強い西日が差し、人間の影が長く長くのびる。結局、関西からは関西最強Nを擁する三重大と近畿ブロック2位の阪大がベスト8進出を決めた。岡大と山口大の試合が3-4の段階でシングル2本が両者何十人という大応援団合戦の様相になっていたが途中でサスペンデッドとなる。大阪医大は翌日持ち越しとなったがFとSがあのぶんだと、もう長くは持たない気がする。いま途中まで進んでサスペンデッドになっているシングルスが終わるときが、大阪医大の西医体の終わりになるだろう。Kさん世代のレギュラー4人が同時に抜けてここまで戦えたのだから立派だと思う。
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帰路についたのが19時頃。UとOの2台のクルマに分乗して8人で帰った。神鍋高原からの帰りは4時間かかる長距離ロードだけど、よく話した。今まで話したことないような話題の話もした。大会に敗れた帰り道は普段と違う雰囲気で話すことが出来る。
終わってみて思うことは、結果はともあれ、ただ純粋にいい大会だったということ。
あっという間に終わってしまったけれど、中身は濃かった。
2005/08/05(金曜日)16:26
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